Wieder was gelernt!

―考えることを諦めない―

本当の自分はどこに?

 

躁病相のとき

躁の状態で怒り狂って恋人を傷つけてしまったことがあります。

病気のことは伝えてあります。

けど、ただ病気で暴言を吐くにしても、そこに「本音」が含まれているんじゃないかって思い、それが耐えられないと言われました。 そうして怒られ、傷つけられると、本当の私の魅力さえ見失ってしまうと告げられたのです。

 

本音は含まれているのか

たしかに、その時の本音はそうなのかもしれません。いつも自分が正しいと思い込んで突っかかって行きます。しかし、たいていの場合、後で後悔します。

だとしたら、本心はどこにあるのでしょうか。認知症の方がものを忘れて暴言を吐いたとき、この人は本当はこんな人だったのかと感じるのと同じような感覚になります。

 

本音が移り変わる

一般に、本心は変わることはあっても矛盾なくあると考えられます。そして、そこから発せられる本音は、親しい人に限られることが多いと思います。自分の本心を見せるのですから。

他人には、建前を使って話すということを考えれば分かります。建前には嘘や偽りも含まれるから、親しい人にはほぼ使いません。なにか表面的なものです。

しかし、双極性障害の場合、本音がころころ変わるかなって思います。特に、ウルトララピッドサイクラーの人は。

本心から発せられるのに、なぜころころ変わるのでしょうか。

双極性障害は、気分障害の一種なので、気分(mood)が大きな要因なのでしょう。認知の歪み(cognitive distortion)も重なるかもしれません。双極性障害の人は、一番の気分屋さんですね。

 

正しい本音は?

じゃあ、どの本音が正しいのでしょうか。正常な安定した精神状態の本音は、本心と言えるでしょう。そうだとすれば、それは、いつ、どうしたら分かるのでしょうか。

ラピッドサイクリング(急速交代)していたら、分からないかもしれません。本心が分かっても、狼少年のごとく周りに信じてもらえないかもしれません。

また、正常な精神状態が分かっているとしても、本音が移り変わることによって、自分さえ本心を見失うのではないかと思うのです。そうすると、「本当の自分」が分からなくなり、嫌になります(自己嫌悪)。

 

この単純そうで複雑な気分の障害を、どこまで自分が理解するか、そして周りに理解して貰えるか。そこに対人関係のポイントが少しあるように思えます。

 

 

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